あかま歯科クリニック

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スタッフ紹介

院長ご挨拶

院長

赤間 廣輔


「痛くなる前に歯医者に行く」から
「病気にならないように歯医者に行く」へ

約30年の長きに渡り、生まれ育った地元直方の皆様に恩返しをしたい。その一心で診療に当たっております。支えてくださる方々への感謝の気持ちを忘れず、常に人生単位で治療方針の提案をすることをモットーとしています。
より健康観の高まっている時代だからこそ、お口でのお困りごとを少なくし、健康で快適な人生を送れるようお口の中からアプローチしていきたいと考えております。
父の培ってきた地元での愛着を軸に邁進しておりますので、安心してご来院ください。

院長の自己紹介 ~赤間 廣輔(1988年8月9日生まれ)~


幼少期

1992年私が4歳の時、父が育ったここ感田の地で、初代「あかま歯科クリニック」を開業しました。
私は幼少の頃は小児喘息を患っており、しょっちゅう発作で入退院を繰り返す病弱な子供でした。
そんな私でしたが、母は大変教育熱心で、入院中でも私が興味を持った図鑑や幼児教材などをすぐに与えてくれました。
このころの教育が「興味を持ち好きになる」習慣を作り、今では大変活きていると感謝しています。

小学生時代

ここ感田の地にやって来たのは8歳の頃です。当時父は直方市から北九州市まで車通勤の生活で、念願のマイホームを建てたことから感田に住み始めました。
小児喘息も落ち着いてきて、体を少しでも強くするため、地元の少年野球チーム「感田フレンズ」に所属しました。
この頃は野球というスポーツに打ち込んでいたため、歯科医師になるなど心にも思っておらず、当時の子供の良く持つ夢「プロ野球選手」に憧れているごく普通の小学生だったと思います。
「プロ野球選手」が夢ではありましたが、他の部員の親は皆応援に来てくれるのに歯科医師の父はほとんど来ず、母も応援に来ない日も多く、「あぁ、今日も来てないんだ・・・」と、いつも寂しい気持ちになっていたのを覚えています。そういった面もあり、歯科医師なんかになりたくないと当時思っていたのかもしれません。

中学生時代

地元の直方第二中学校に入学し、野球部に入部しました。
野球部には同級生の部員が15名ほどおり、レギュラー争いが大変な中、素行の悪い子から真面目な子、勉強熱心な子、野球に真摯に向き合う子と多くの目標や考え方、生活背景の違いなどを知ることができました。
また、進学塾でも様々な出会いがありました。勉強という共通の目標を持った仲間と、多感な感情をコントロールしてくれる先生方の存在により、やる時は集中してやるということの大切さが理解でき、中学3年生時には生徒会長に立候補し、副会長となりました。生徒会代表として「卒業生を送る会」で指揮者として全校生の前で指揮を取らせてもらう機会にも恵まれました。全校生、卒業生、先生方の想いを汲み取りながら、みんなの前で指揮を行うことで、人を引っ張るということや、人のために何かをすることへの喜びを知ることが出来ました。
そして人生最大の転機が訪れます。頑なに歯科医師にはなりたくない、親と同じレールは面白くないと考えていた私でしたが、中学生の職場体験という事業に際し「歯科医師って実際はどんな仕事なんだろう?」と思い、受け入れ先のあかま歯科に参加してみることとしました。
そこで、歯科医師という仕事の魅力を知ることになります。
「自分が施すことで、患者様が喜んでくれ、更に代価を払ってくれる。こんな素晴らしい仕事はなかなかないよ。」と両親に言われていました。
実際に見学を行い、帰り際に患者さんが「噛みやすくなりました。ありがとうございました。」と言っていたり、治療開始前に「先生、痛みが取れました。ありがとうございます。」と笑顔で語っている姿を見て、普通は何かを買ってもらって、売り手側が感謝するのが一般的だったこともあり、「こんな仕事があるのだな」と強く感じました。
そしてそんな患者さんの笑顔の中で生き生きと働く両親の姿が誇らしく映ったことで、歯科医師も将来なりたい職業の選択の一つに入ることとなりました。
更に当時の学校や塾の先生方からの後押しもあって、「歯科医師を志してみよう」という意志が固まりました。

高校時代

高校は父も通った地元の鞍手高校に進学しました。理数科に入り、所謂偏差値の高い仲間と競い合う良い環境に置かれ、切磋琢磨もあり、歯科医師となるために目標としていた「九州歯科大学」は順調に目指せる成績を維持していました。
しかし、受験勉強が本格的になりだした3年生時の夏の模試で、運が良かったのか悪かったのか、学年で1番、出願者中でも1番、「もう勉強しなくても受かるんじゃないか。」と勘違いさせる成績が出てしまいました。ここで、きちんと自分を見返り、その後も勉強に打ち込めば良いものを、私は気を緩めてしまいました。友人を誘い出して飲食店でたむろしたり、カラオケに行って遊んだりと頑張っている学友にも悪影響を与える存在になっていました。
そんな私ですから、成績はみるみるうちに下降線を辿り、センター試験の判定では最低ランクのE判定と悲惨な状況となってしまいました。
推薦入試でなんとかギリギリで九州歯科大学に入学する事ができましたが、「磯際で船を破る」という諺があるように、この出来事により何事にもうまくいっている時ほど調子に乗らず、達成するまで気を緩めずやり切る事の重要性を学びました。

大学時代

大学進学後一人暮らしを始めましたがまだまだ子供で甘えが強く、よく寝坊をしたり授業をサボったりと生活習慣に問題を起こし、先輩方からよく注意を受けていました。
しかし、学年が上がる上で先輩からの「後輩たちに対してどうあらねばいけないか」などを私に熱心に指導して頂いた事で、後輩たちを指導するために「自分を律する」ということを知りました。
そして、本当にありがたいことにバドミントン経験者であるというだけで、キャプテンに任命して頂き、部活という組織を考え、本当の意味で人を引っ張るということを学ぶ事ができました。
また、その経験も活かされ、一つ下の後輩である妻との出会いの元、単なる恋ではなく、最も大切な人を愛するということを知る事ができました。

大学卒業後、研修医時代

大学卒業後の研修先には久留米大学病院にお世話になることとなりました。
当時口腔外科はカッコイイ、医科大学病院のため、医師と対等に仕事ができる。そのような期待から選択しました。
しかしここで、人生最大の鉄槌を味わうこととなります。自分の今までの甘い行動、考え、姿勢全てを、教授や医局の先生方から厳しく指導され、「先生、仮にも歯科医師よね?どうしてそんな事も知らないの?そんな姿勢で患者さんの体を預かれるの?」と胸にグサリと来る言葉で指摘され、「私のような姿勢の人間は歯科医師を名乗るべきではない。」と感じるほど、社会の厳しさ、自分の人間としての至らなさを痛感することとなりました。
しかし、この厳しい指導は「医療というものの厳しさ、命の尊さ、そして医師であるという事がどれだけ責任の重たい仕事であるのか」ということの裏返しであることに気づかされます。
ここでの2年間で私は本当に「学ぶ」ということが当たり前であるということ、人に施すことの責任の重さ、相手のことを考えるということの本当の意味での大切さを身に染みて感じる事が出来ました。
口腔外科に残って、癌などの重症の患者さんの治療に携わりたいという思いもありましたが、妻との結婚や父からの一般歯科医療の魅力、他の先生方からの勧めもあり実家である「あかま歯科クリニック」に帰ることを決断します。

あかま歯科勤務医時代

あかま歯科クリニックに帰ることを決めた理由の一つは「早く地域の方々の口腔の健康に貢献したい」と思った事です。 勉強するという習慣が身についていた私にとって、口腔外科では基本的に手術になるため、虫歯の治療や被せ物の治療があまりないことから学んだことをなかなか実践出来ない状況がありました。 通常、勤務医ですと勉強会などに参加したくても費用や医院のお休みの都合などでなかなか参加できないことなどがあるのですが、家業ということで父からも了承をもらい自己研鑽のために本当に様々な勉強会に参加させてもらえる事ができました。

勤務中の歯科への考え方と開業時のこだわり

歯科医師になってすぐに歯科医療への大きな疑問に気付くこととなります。
同じ人の口腔内にある歯なのに削っていない歯は悪くならず、削った歯や被せた歯だけが繰り返し悪くなる現状を見て、残念ながら一度治療してしまった歯はもう2度と健康な状態には戻らないということに気づきました。
また、歯周病にかかってしまった際も一度かかるともう2度と若い頃の健康な状態に戻ることは出来ません。
その根本的な部分への対策を怠ると、せっかく時間をかけて治療したものがすぐにやり直しになってしまう。そういった思いから「予防歯科をしっかりと医院に根付かせる必要がある」と感じました。
また、歯が悪くなってしまう原因は何なのかという部分を考えた時、歯並びが悪かったり、歯ぎしり・食いしばりなどの悪習癖も虫歯や歯周病を助長させてしまうということにも気づきました。
当然、虫歯や歯周病になってしまったものを元に戻すことは出来ませんので、再発を防いだり、治療後のやり直しを少なくするために最先端の治療技術、知識、設備を導入する必要があることはいうまでもなく、車に車検があるように歯もしっかりと健診を続けていく必要がある。そういったことからも予防歯科は必ず必要であると考え、こだわっています。
また、「そもそも歯が悪くならないようにするためにはどうすれば良いのか。」と考えた時、たどり着いた答えは”子供”でした。
子供の頃から歯を大切にすることを教え、歯を悪くする根本原因である歯並びを整えるために成長を利用して歯並びを整える。こんな画期的な考えがあったのだと初めて知ったのが歯科医師6年目、そして7年目でした。 そして「医は仁術である。」という言葉にもあるように、人に真心を込めて接する事、私たち医療従事者の「人間性」がとても大切であると考えています。
歯科医師にどれだけ知識や技術、経験があっても本当に患者さんが治療する人を信用できなければ治るものも治りません。
そのため患者様が安心し、心から通いたいと思ってもらえるよう笑顔を絶やさず明るい雰囲気で気さくに話し合える”人柄”を築き上げることが出来るよう心がけております。
これから新規移転開業するにあたり、最先端の医療技術・知識・設備の充実にとどまらず、この”予防”・“小児矯正”・“人柄”をさらに発展させ、地域になくてはならない公共の施設となれるような歯科医院を作り上げて参りたいと思います。

ドクターのご紹介

歯科医師

赤間 英美


子供の頃からのお口の健康が食の人生を創る

私達は、生涯に渡り食を楽しみ、しっかり食べることができる大人を育てる為には、小さなお子様へのアプローチが大切では無いかと考えております。
日々の診療の中で、『食べることが楽しみ、生き甲斐だ。』という患者様のお声を耳にする事がありますが、食べる意欲がある高齢の方には、特に元気な方が多いです。
虫歯や歯肉炎などを未然に防ぎ、歯並びの問題にも成長段階で適切なアドバイスをさせて頂くことで、『あの時もっと歯を大事にしていれば良かった』という思いを減らす事ができるようお手伝いしたいと思っています。
健康なお口と予防の習慣を身につけさせる事は、お子様への財産となります。
私自身、三児の母でもありますので、子供が歯磨きを嫌がる…や、ご飯を食べてくれないなどの、小さなお子様をお持ちの方の悩みにも真摯に向き合い寄り添っていきたいと思います。
歯医者が苦手な方でも安心して通って頂けるよう、丁寧な対応を心がけて参りますので宜しくお願い致します。

CEO紹介

CEO

赤間 功


今後の先の人生を見据えた治療を提供します

当院は直方市感田に平成4年に開業いたしました。
一般歯科から小児歯科、矯正歯科、審美歯科、さらには最新のインプラント治療に至るまで、幅広い患者様のお応えができる治療を行っております。
患者様への説明・情報提供を大切に、最先端の治療機器と技術を駆使して診療に当たっております。
また、治療内容にご納得し、安心して頂いた上で自分が受けたい、家族に施したいと思う治療を提供することを心がけております。
そして何より患者様の人生を考え、長期的な視点で出来る限りご自分の歯が長持ちする治療方針を重視し、やり直しの少ない計画をご提案致しております。
様々な病状に対応致しておりますので、安心してご相談下さい。

経歴

昭和60年 九州歯科大学卒業
昭和60年 九州歯科大学第二口腔外科 入局
昭和63年 九州歯科大学第二口腔外科 退局
平成4年 現在地に開業
所属学会
  • 日本顎咬合学会
  • 直方歯科医師会
  • 直方ロータリークラブ
  • 国際歯周内科学研会
  • 日本臨床歯科学会
  • 歯学博士
  • 臨床研修指導歯科医

スタッフのご紹介

スタッフ一同、皆様のご来院をお待ちしております。

当院では常に感謝の気持ちを忘れず、明るい雰囲気作りを心がけております。そのためスタッフ皆の仲が良く、気持ち良く診療を受けていただけるよう日々努力を続けています。不安や分からないことなどありましたら、丁寧にお応えさせて頂きますので、安心してお声掛け下さい。

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